パーティ・ナイト

後編






「天国ィ!!」

「あ、兄貴?!」

突然、元埼玉選抜の面々の前に現れた雉子村黄泉は鬼の形相でつかつかと弟・猿野天国の前まで来ると、
何も言わず弟の腕をつかみ、至近距離まで詰め寄った。

「話ガアル。来イ。」
有無を言わせない強引な姿に、一同は一瞬動く事を忘れたように固まった。

「お、おい兄貴…?!」
その隙にと黄泉は天国をそのまま連れ出そうとした


「あ…。」
「は〜、追い付いた。速いわヨミ…って、おい!?」

友人に遅れてたどりついた鵙来の横を、黄泉は天国を連れてそのまま通り過ぎて行った。


「あっちゃ〜せっかく着いて来たのに。ほんませっかちなん変わらへんなあ。」「鵙来殿!」


非常事態に呑気に呟く鵙来に(実はチームメイトの)魁が気付く。

「魁〜久しぶりやな…「さっき会っただろう!それより雉子村は一体…?」

マイペースな鵙来を魁は早々に一喝し、雉子村の剣幕の理由を問う。

鵙来はなんやノリ悪いなあとぶつくさ言い始めたが、周りにいた他の埼玉選抜の面々も険しい表情を見せ始めたので、観念する事にした。

「わ〜かったっちゅうねん!ゆうてもオレもよう知らんで?
アマクニがメジャー蹴ったとかなんとかオヤジさんと話しとったんは聞いたけど…。」


「…なんだと…?猿野がか?」
「んな話あいつは全然…。おい、犬飼お前は聞いてっか?」
「いや…。何も。」

「鵙来くんそれは本当かい?」
「ああ、多分な。」


牛尾は驚いた顔で…天国に一番近しいであろう彼に聞いた。

「村中くん、君は聞いて…あれ?」


牛尾が視線を移したとき、既に魁は天国の後を追っていた。



############


「一体何のつもりだよ、こんなとこまでつれて来て…。」

天国の問いに、黄泉は背を向けたまま、
吐き出すように言った。

「…何故蹴ッタ…?」



「え…?」


グイッ

天国が反応した瞬間、黄泉は振り返ると天国のネクタイを掴みあげると、
激しい眼差しをぶつけた。


「貴様ニモ…メジャーカラノオファーガアッタンダロウ!
 何故チャンスヲ棒ニ降ッタンダ?!」

「ああ…その事か。」
天国はようやく合点がいったという表情をした。

確かに、極秘のうちに天国にもアメリカのチームからの打診があった。
だが、それは現在の天国にとって望むことではなかった。

兄や父に、アメリカのみに心酔しているなら、断るなどあってはならないことだろう。
だから黄泉がこのように怒るのは分かっていた。


だけど、天国は黄泉ではない。


「ソノ事ダト?!
 貴様、アメリカデ野球デキル事ガ、ドレダケ重要ナノカワカッテイナイノカ?!」

「分かってるさ。だからだよ。」


黄泉は天国の言葉に、剣幕を沈めた。


「ダカラ…何ダトイウンダ?」

問われた天国は、静かな表情で…真剣なまなざしで答えた。


「オレは、日本で野球がしたい。
 まだいくらでも勝負したい奴らがいる。
 一緒に勝ちたい仲間がいる。
 一緒にいたい人がいる…だから。」


「…ソンナ甘ッタルイ理由デ…カ?」

黄泉の言葉に、天国は少し苦笑する。
昔ならば、先ほどの黄泉にも負けない剣幕で叫んでいただろう。

だが、天国は仕方ないな…といった風に。


言った。


「そうだな、アンタにとっちゃ甘い理由だよ。
 だけどオレにとっちゃ大事なことなんだ。」


大事な仲間がいる。
大事なライバルがいる。

大事な人がいる。


「オレにとっての野球ってのは、日本にいる仲間との間にあるもんなんだよ。

 それがオレの…オレ自身の野球なんだ。

 それを否定することは、アンタでもオヤジでもできねーよ。」


天国は確固たる意志を伝えた。



「…否定デキナイ…カ。
 言ウヨウニナッタジャナイカ…?」


「だろ?」

天国はかすかに微笑んだ。

だが、黄泉は笑い返すことができなかった。

「…ケルナ…ッ。」



「ふざけるな!!」

「あ…兄貴ッ?!」

再度激昂する兄の腕に、天国はそのままつかまった。

黄泉はそのまま天国の身体を腕の中に引き寄せた。
思いのたけをこめて。

黄泉は望んでいたのだ。
天国と…最愛の存在と共に…と。

それが黄泉の望む野球の形だったのに。



「俺が…どれだけお前を待っていたと思ってるんだ。
 今度こそ一緒に居れると思ったのに…あの頃みたいに…っ。」

「ちょ…兄貴っ…離して…。」


兄の言うことを理解する余裕もなく、黄泉の行動は天国を戸惑わせる。

何故?


「天国…俺はずっと…っ!」


天国の疑問への答えを黄泉が口にしようとした、その時。



「猿野殿!!」


「…魁さん!!」


現れたのは、鵙来の説明を聞いて、いちはやく飛び出した魁だった。

魁は、大切な存在が(兄とはいえ)他の男に抱きしめられているのを見て
怒りを感じるのを抑えられなかった。


「何をしている、雉子村!」

「…確か村中だったな…今大事な話をしている。
 ジャマだ。」

「オレにはもう話すことはねえよ!いいから離せって!」

グッ

「あっ…。」


天国は黄泉の腕を振り解き、魁のもとに走り寄った。


「天国…。」


「もう説明は終わっただろ?
 オレは日本にいて…日本の皆と野球がしたい。
 理由はそれだけだ。」



「…そうか…。
 今は…それが答えなんだな…。」

黄泉は天国の気持ちが自分から離れたところで確実に根付いていたのを、今更ながらに実感した。


だが、諦めるわけにはいかない。
今は無理でも…。

黄泉は、寂しさの中決意を新たにした。


「…分かった。
 まあ…もうしばらく成長を待たないとお前はアメリカでは通用しないだろうしな。」

それは負け惜しみにも似た、だが黄泉なりの励ましの言葉だった。



「うるせ。クソ兄貴。」

天国もそれは理解できたから…笑って毒づいた。



「じゃあまたな。」



「アア…。」


黄泉は踵を返すと、その場を去っていった。




それを見送ると、天国はふう、と一息ついた。

「心配かけてすみません、魁さ…?」

謝罪の言葉を聞き終わる前に…魁は天国を背中から抱きしめる。


「…よかった…無事であったな…。」
「…はい、大丈夫ッすよ。」


天国は心配してくれた…恋人のぬくもりをゆっくりと受け入れた。


魁は天国の身体を抱きしめながら…質問した。


「メジャーリーグからの誘いを…本当に蹴ったのか?」

「…はい。」

やっぱり知ってしまったかと、天国は思ったが。
いずれはどこかで知れるだろう。

それならば、今と天国は自分の気持ちを語った。


兄に言ったことと同じ事を。



魁はその言葉を聞いて、柔らかく微笑んだ。


「拙者は…猿野殿の…天国の決断を嬉しく思う。
 まだ傍にいれるのだから…な。」

「はい。傍に…います。」


天国も微笑み。


二人の影がゆっくりと近づいた…。




が。



「兄ちゃ〜〜〜ん!!」
「ここにいたか、バカ猿。」
「大丈夫かい?!雉子村君になにかされなかったかい?!」
「あのアメリカ野郎どこ行きやがった?!」
「猿野〜〜まさかピーなことされてねえだろうなあ?!」
「あらやだっあんなことやこんなこともされちゃったのお?!お猿ちゃん!」
「言ってねえだろ!アホ兄貴!」
「殴られたりしてねえだろうNa?!」
「ああ、猿野くん。実の兄に手を上げられて君の華麗で正直で鋭敏なプレイに支障をきたすようなことにはなってないだろうね?!」
「猿野 心配 無事?」
「どうやら無事なようングね…。」
「安心したぞ、猿野。」
「あれ〜〜でもほっぺが赤い気?(・0・;)」

「にいちゃんも赤いぞ?どうかしたのか?」



「「………。」」



『『『『『『『『『『『『『『『村中…?』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』



大勢の視線が一転、魁に集中したその瞬間。


「おやおや、こんなところに集まっていたのかい?」


「白雪監督!」


天の助けとばかりに現れたのは、第1回目の埼玉選抜チームの監督、白雪静山。

やはりというか、あの当時のように線の細い男性で、ほとんど変わりがないのはさすがというか…。


「さ、もう会場に戻ろうか。
 パーティが始まるよ?」


「「「「「「「「「「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」



パーティの夜は更けていく。


紡いできた思い出と、これからも紡いでいく思いに

彼らの未来に。


幸運と幸福を望みながら。


end



やっぱり空中分解しました。
途中なんかシリアスですね…。
魁さんが無理矢理に恋人みたいな感じになってすみません…!!


ぴーく様、長い間お待たせして申し訳ありませんでした!!


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